下総精神医療センター

薬物需要削減のための取締処分と援助の∞型連携

独立行政法人国立病院機構 下総精神医療センター
薬物依存治療部長 平井 愼二

 我が国において対応するべき問題を引き起こす依存性物質は、成人に対して合法となっているニコチンおよびアルコールを除き、最も重大な害悪をもたらしているものは覚せい剤であり、厳しい規制の対象となっている。また、害悪をもたらす薬物が流行する兆しを見せた場合は、その物質を規制の対象にする態勢を我が国は持つ。従って、薬物問題への対策を考えるとき、薬物乱用者の犯罪性への対応を考えざるを得ない。刑事司法体系の専門職はこのところに焦点を当て、規制薬物乱用者には取締処分をもって対応する
 一方で、薬物乱用者には教育あるいは保健、医療等の援助的にかかわる機関も対応する。これらの機関に所属し依存への対応を専門とする者は、規制薬物を使用したために何らかの問題を持って目の前に現れた者を、取締機関には通報せず、援助を提供する。
 このように規制薬物乱用者への対応は、正反対の方向のものが我が国の社会内に存在するが、これらをどのように組み合わせるかについては共通の知識となったものはない。このことが影響して、取締処分側と援助側の間の関係は薬物需要を削減するためには効果的なものとなっていない。これらの2つの領域の専門職は、ときに自分の領域の効果を過大に評価して他方に対して自分の領域の方法に従うことを求めたり、あるいは他方の領域の効果を過大に評価して自分の機能を果たさずに他方の領域の機能のみを適用しようとしたりする。これらの問題がありながら、解決策を示さないままに、連携が必要であるとのみ高らかに謳う無責任な声もある。
 我が国の薬物乱用の問題の規模は、経済的に発展した国々の中では、奇跡的に小さい。この薬物対策の成功の原因の一つは、厳正な態勢を刑事司法体系が保っていることであろう。しかし、我が国の薬物問題の規模は徐々に拡大しつつある。従って、現在の対策では不十分であり、それを保っていてはならず、新たな対策を講じるべきである。
 ここで示す理論は、刑事司法体系が厳正な態勢を保ったままに、取締処分側(刑事司法体系)と援助側(保健、医療、教育等)が対等に独立し、相互に補完的な関係を結び、両領域から有効な要素を抽出して、薬物乱用を未然に防ぎ、乱用する者を薬物から離脱させることを効果的に行おうとするものである。

1.ヒトの行動を司る機序と各領域の関係

 ヒトの行動は、第一信号系と第二信号系により司られる。物質反復摂取を再現しようとするものは第一信号系に成立した後天的反射連鎖である。これらのことは、この研修が基盤とするもう一つの理論「ヒトの行動原理と条件反射制御法」としてホームページに掲載している。この理論の一部を書き出したのは、ここで示す薬物需要削減のための取締処分と援助の∞型連携が、ヒトの行動を司る機序に対応するものであることを示すためである。
 規制薬物乱用者を減少させるためには、まずは、規制薬物を乱用しないでおこうという思考(第二信号系の機能)をまだ規制薬物を使用したことのない者にもたせることが効果的である。また、規制薬物を反復して乱用している者に働きかけて、規制薬物乱用を中止しようという思考をもたせ、必要な者には、規制薬物乱用を中止するための治療を受けようという思考をもたせることが求められる。
 規制薬物乱用を中止するための治療は、薬物摂取を再現させる後天的反射連鎖を設定しなおすことを焦点の一つとしなければならず、これを欠いてはならない。
 ヒトの行動を司る第二信号系に働きかけるものとして、家庭や学校での教育、我々がもつ文化等も重要であるが、それらをも支え、強力に働くものは取締処分側(刑事司法体系)がもつ法による抑止力である。
 薬物摂取を反復したヒトを、再度、無意識的に薬物摂取に向けるのは後天的反射連鎖であり、これに対応するものは治療的な働きかけである。この機能を前景に出せる機関は援助側のものである。

2.薬物需要削減のための取締処分と援助の∞型連携とその基本的構造

1)対象者の要素
 刑事司法体系の働きかけの対象となっており、同時に、医療あるいはその周辺の働きかけの対象となっている者は、種々の問題をさまざまな程度で持ち、極めて多様である。しかし、そのような者の中からいずれの一人を取り上げても、必ず持つ要素は犯罪性と疾病性である。

2)取締処分側と援助側の基本的態勢と摩擦
 前記の二つの要素を持った対象者に、取締処分側(刑事司法体系)と援助側(医療、保健、教育等)が自らの機能を発揮しようとするなら、通常、取締処分側専門職は犯罪性に焦点を当てて、証拠が揃えば強制的にでも捕まえて罰を与えようとし、援助側専門職は疾病性に焦点を当てて、受け入れて援助を提供しようとする。これらの異なる態勢を各領域が同一の対象群に適用することから、取締処分側と援助側は現場では正反対の方針をもつこととなる。取締処分側と援助側は一つの社会に設定されたものでありながら摩擦するものであると、浅薄には考えてしまう。

3)共通の目的
 取締処分側も援助側も、社会を平安に保ち、繁栄を支えるために機能するものである。最終目的が共通していることを考えると、協力することは可能なはずである。取締処分側は、犯罪を犯した者に対して罰を与え、再度罰を受けないために再犯を回避させる効果、並びに、これを社会の一般の者に対して示し、罰を受けないために犯罪を回避させる効果を発揮して、上記目的を達成しようとしている。
 援助側は、対象者の回復あるいはより良好な状態を保つために働きかけ、対象者の社会適応性を向上させる効果、また、社会が対象者を支援する負担を軽減する効果を発揮して、前記目的を達成しようとしている。

4)二つの領域の要素と差異、及び相互補完性
 取締処分側と援助側が共通の目的を持ちながら、各領域が自らの機能を発揮しようとすれば働きかけの方法が正反対となるのは、対象者の持つ犯罪性に対して強制的な働きかけが法により支えられているか否かによる。つまり、対象者の規制薬物使用という犯罪性に対応する強制力を、取締処分側は持ち、援助側は持たない。
 この一点の差異により、犯罪性と疾病性を持つ対象者に働きかける関係機関は、取締処分側と援助側に2分される。従って、強制力があることに基づいて取締処分側に生じる様々な要素を強制力のない援助側は持たない。逆に、強制力がないことに基づいて援助側に生じる様々な要素を強制力のある取締処分側は持たない。つまり、取締処分側と援助側は、単独では欠点をもち、両領域は相互補完的な関係にある。

5)取締処分側と援助側の連携
 対象者を目前にしたときの態勢が取締処分側と援助側の間に差異があることを理由にして、両領域が相互に関係を持って効果を高める方法を、どちらか一方の態勢に他方が合わせるものとしてはならない。そうすれば、片方の機能が損なわれ、その領域の存在価値が低減する。取締処分側と援助側の連携において効果を高めるためには、両領域の機能から生じる効果的な要素を保持し、対象者に提供しなければならない。つまり、まずは他方に影響されず独立して自らの機能を発揮し、対象者に十分な対応ができない場合に、不足している機能を、自らの機能を阻害しない方法で他方から得て補完するべきである。

6)取締処分側と援助側が取るべき各態勢
 各領域の機能と規制薬物乱用者の特性を考え、薬物需要削減に効果的をあげる連携における各領域の態勢を示す。
 取締処分側は、将来の規制薬物使用を防ぐために強力な指導を行い、既遂の規制薬物使用は厳正に取締り、処分においては罰則だけでなく対象者に応じて援助へのかかわりを適切な強制力を持って指導する。
 援助側は、対象者による既遂の規制薬物使用を取締機関に通報せず、援助の提供を優先し、また、対象者の同意が得られれば取締側職員に対象者の存在と規制薬物使用傾向を伝え、これを将来の規制薬物使用に対する抑止力として利用する。

7)各領域が発揮する機能と設定される要素
 上記の態勢により、取締処分側は、強制力による取締と処分を行って、法による抑止力の発揮と薬物乱用者を体系に強制的にかかわらせるところを受け持ち、援助側は、強制力をもたずに援助を提供して、薬物乱用者を体系に受容的に招き入れ、関係を保つところを受け持つ。それらの自領域の機能を発揮しながら、他方の領域にはその領域の機能の発揮を期待することで補完的に協力がなされ、処遇環境に両領域の持つ要素を同時に設定することが可能になる。このように、規制薬物乱用者を体系内に導入して適正な処遇に設定する体系を【図1】に示す。 図1 援助側による単独の働きかけを①で、補完的な働きかけを③で、取締処分側による単独の働きかけを②で、補完的な働きかけを④で表した。これらの①~④を円滑につなぐと∞型になるので、平井は上記の態勢によって成立する体系を∞型連携と名付けた。
 また、上記態勢に正確に従うことにより、援助・法的抑止力・それらへのかかわり保持力が個々に応じて適切に加減されて提供されることとなり、様々な規制薬物乱用者に対応できる構造が成立する。この構造を【図2】に示す。 図2

(2013年9月2日更新)


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