下総精神医療センター

研修情報

第四回裁判所職員対象薬物乱用対策研修会

  • 病院が設定する処遇に取締職員が参加する手法

下総精神医療センター
薬物依存治療部長 平井愼二

1.援助側機関の欠点
 医療・保健・福祉・教育等の援助側機関は対象者の規制薬物乱用に対して行使できる強制力を持たない(註1)。従って、通常、規制薬物を乱用する本人あるいはその家族等が自らの決定により助けを求めて接近し、問題を開示すれば、それに応じてそれらの機関は機能を発揮することができる。つまり、援助側機関は対象者が接近しやすい態勢を保つべきであり、対象者による規制薬物乱用を取締機関に通報してはならない。しかしながら、この態勢がただ受容的だけに終わるなら、対象者の規制薬物乱用を助長させることになり、その態勢は保たれなければならないが、同時に補われるべき欠点である。
(註1:麻薬摂取をやめられない者を措置入院させる法律があるが形骸化している。)

2.下総精神医療センターにおける薬物検出検査の展開
 下総精神医療センターでは、古くから規制薬物乱用者への診療において薬物検出検査を用い、援助側機関に欠けている法による抑止力を補おうとしてきた。
1)過去の薬物検出検査の利用法と欠点
 過去には、薬物検出検査の利用法を条件契約法と呼び、精神科医療の提供は尿検査を受けることを条件とし、検査結果が覚せい剤等の規制薬物乱用があったことを示すものであれば、医師からは通報しないが、本人が警察に自首することを約束して、診療を開始するものであった。対象者の規制薬物乱用を予防することに一定の効果があったが、その条件を嫌悪して受診しない者があり、また、覚せい剤を使用した者は再受診をさけ、あるいは受診して尿検査が陽性となった者はその後診療から離れることが多く、約束どおりに自首すれば検挙されるという欠点があった。

2)現在の薬物検出検査と取締職員のかかわり
①概要
 次を明確に説明して、その通り実行する。薬物検出検査は薬物廃用の動機を支えるので受けるべきであると強く勧めるが、検査を対象者が受け入れなくても、また、一旦この検査を受け入れた後の面接時に薬物検出検査を拒否しても、あるいは、薬物検出検査の結果等から規制薬物を乱用したことが疑われる際に対象者が自首しなくても、取締機関に援助側専門職から自発的に連絡せず、診療を拒否することもない。しかし、取締機関が対象者による薬物乱用傾向をすでに把握しており、照会があった場合は、当院は検査結果や病状を回答する。
 この実行により、対象者による薬物不使用の動機を強くし、また、陰性の結果は本人と周囲の関係を改善する。あるいは、将来の薬物検出検査の拒否は薬物使用の意思を示し、突然の検査拒否はその直近の薬物使用を強く疑わせる。

②薬物検出検査が陽性の場合に対する新たな処遇要素の設定
 対象者が薬物を使用した場合にはそれまでと同様の処遇環境であってはならない。この処遇環境の改変は、∞型連携に従った著者の臨床では、次のように援助側専門職が通報しない態勢を変えないままになされる。
例えば覚醒剤なら最終使用から2週間ほど経過すれば、尿中から覚せい剤が検出されなくなるので、その後に取締職員に面接するように勧奨する。その時点では証拠がなく、直ちには検挙されないため、多くの場合、取締職員との面接を患者あるいは家族が受け入れる。
 また、再びその後に規制薬物乱用があっても、援助側専門職が同様に対応することにより対象者は取締職員に面接する。取締職員が把握する患者による規制薬物乱用の回数は累積されるので、取締職員による観察と指導はより厳正になり、処遇環境中の法による抑止力はより強力になる。この法による抑止力という要素が増大し、これを対象者も理解するので、入院や社会復帰施設入寮等のより手厚い処遇を受け入れることにも繋がり、覚醒剤等を乱用する自由度は縮小される。

3.取締機関によるかかわりの経過
 下総精神医療センターにおいて取締職員がかかわる処遇は、関東麻薬取締部との間で、2000年から手探りをするように開始された。2002年度からは関東麻薬取締部の取締官が下総精神医療センターで対象者と面接するようになり、現在では、麻薬取締官による面接は、毎月1度の頻度でなされている。また、2011年からは警視庁組織犯罪対策第五課の職員も当院で同じく毎月1度、対象者と面接している。
1)越えてきた障害
 この処遇の端緒は、対象者が規制薬物を乱用した直後でも、取締機関に通報せず、採取した覚醒剤等の規制薬物入りの尿等は廃棄する態勢をもつ援助側専門職である。その作業は証拠隠滅とも理解されるが、それを行う援助側専門職と取締職員が連携するのである。理論的にも感情的にも取締側にとっては受け入れが困難であった。

2)取締職員による厳正な態勢
 取締職員は下総精神医療センターに対して、対象者全体に関して数ヶ月に一度の頻度で、ならびに再犯の可能性が高いと判断される対象者に関しては集中的に高頻度で照会し、あるいは電話や面接により接触し、対象者による規制薬物乱用の有無を観察している。年間に数人の検挙者が出ることもある。

4.今後の課題
 薬物乱用者に援助的にかかわる全国の施設においてここまでに記した態勢に従って規制薬物検出検査を実施すると、薬物乱用問題は大きく収束に向かうと考えられ、広く普及させるべきである。しかしながら、連携という概念が、多職種が同一の態勢をもつことであると理解されがちであることが問題である。薬物乱用者に関わる取締処分側機関と援助側機関の各職員が、異なる職種が自分とは異なる機能をもつことを尊重し、期待して、連携により展開する処遇環境に種々の要素を準備するという意識を持つことが必要である。






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