条件反射に関する初めての報告は、1903年にマドリッドで開催された国際生理学会においてパヴロフによりなされました。それから一世紀以上を経た2006年6月1日に、私はパヴロフ学説に従った方法を用いて覚醒剤に対する欲求を消す試みを始めました。その試みに遡り、私の患者を対象とした調査において、反復する行動に条件反射が関与すると考えるべき結果を得ていたからです。そして、欲求を消す試みにおいては、刺激に対する強い反応と反復による急速な抑制を観察し、反復する行動に条件反射が強く関与すると把握しました。検討を重ね、手順を整え、現在では条件反射制御法と呼び、当院の専門病棟で反復する逸脱行動に対するプログラムの根幹になっています。
条件反射制御法の開始後、先人達の知見を臨床で観察したヒトの反応に照らして検討し、正しいものを選択し、パヴロフ学説を元に、ヒトは行動の中枢として過去の生理的成功行動を反射で再現する第一信号系という無意識的な中枢と、未来に社会的成功行動を思考して創造しようとする第二信号系という意識的な中枢の2つをもつことを理解しました。環境からヒトが刺激を受けると、辺縁系を中心とする第一信号系は、環境からの刺激および第二信号系に生じた反応も刺激にしてその系の方式で中枢作用を進め、また、前頭葉を中心とする第二信号系は、環境からの刺激および第一信号系に生じた反応も刺激にしてその系の方式で中枢作用を進めるのです。2つの中枢の作用は一方は過去の再現であり、他方は未来の創造であり、大きな差異があります。健常なヒトにおいても特定の行動を反復したことにより、あるいは過酷な体験をしたことにより、第一信号系が過剰に作動する状態になって、決意に反した行動や不快な自律神経症状や気分が表出されます。つまり、ヒトの行動を制御する機能の中心が精神活動を統合して思考する前頭葉のみにあるとすることは誤りなのです。
健常なヒトの第一信号系が過剰に作動する状態に至った場合には、治療の標的とする行動あるいは神経活動を生じさせ、しかし、終末に生理的報酬(生命を支える現象に成功した際にそれまでの神経活動を強化する効果)を生じさせない現象を反復することが対応の基本です。また、第一信号系には、先天的な反射は世代を経て変化し後天的な反射は1代で変化する性質、ならびに一旦活発に作動した反射は抑制されても放置されれば回復する性質、過酷な環境で育てば駆動性が高まるという性質があり、それらにも条件反射制御法は対応する構成に発展しました。
条件反射制御法を用いた臨床においては、当初から対象にした物質使用障害に関しては、早くから欲求が生じない状態に至らせることができるようになりました。その後、条件反射制御法の適用を広げ、現在では心的外傷後ストレス障害や反応性抑うつ、放火、摂食障害、病的窃盗、病的賭博、痴漢行為、ストーカー行為などの本能行動の過剰な作動にも効果が見られています。
それらの疾病状態に条件反射制御法の適用を広げる過程で、不良な結果に終わることを経験し、その度に進化のメカニズムを思索し、また、季節が廻る自然の中で生きる動物の行動を思い返して、それまでの条件反射制御法に調整を重ねてきました。なぜならば、やめる決意をした第二信号系の制御を超えて、自分の生命を終わらせる飲酒や服役を招く覚醒剤乱用などの行動を生じさせるのが第一信号系であり、その系が過去の生理的成功行動を再現して進化が展開したからです。条件反射制御法の構成が依拠するところは環境に適応した群が生き残ったという進化の法則なのです。
他の治療技法や刑事司法体系の基盤にある理論では、ヒトが行動するメカニズムを分析し、はたらきかけを検討する際に、記憶、認知、動機、意思などがそれ以上分解できない根本の要素のように用いられています。しかし、それらの言葉が表すところは実は、環境からヒトが刺激を受け、第一信号系と第二信号系が各方式で作動し、相互にも刺激を送り、行動が生じるまでの過程の途中で、第一信号系に生じた反応が意識の表層に上り、第二信号系が観察し解釈したものです。従って、記憶、認知、動機、意思などをヒトの行動を構成する要素として把握すると齟齬が生じます。ヒトの行動の分析とはたらきかけの検討には、第一信号系と第二信号系をそれらの特性を念頭において用いるべきです。
上記のように条件反射制御法の基盤理論は、他の治療技法や対応体系の基盤理論と摩擦するものであり、それらが不明にしている部分に踏み込んだものです。その結果、条件反射制御法の構成を整えただけでなく、精神科医療と回復支援施設の連携の方法、並びに摩擦するように見える治療体系と刑事司法体系の連携の方法を理論的に示します。それらの連携は、限定的ではありますが実現しており、研修会でも紹介されます。
今回の研修会は新型コロナウイルス感染症の流行のためにオンラインで開催します。遠くの方にも参加していただきやすくなりました。多くの方がこの研修会に参加され、ヒトが行動する本当のメカニズムと条件反射制御法に関する理解が深まり、効果的な援助の展開、並びに援助と取締の連携を成立させる検討が進むことを願います。