下総精神医療センター

ご挨拶

第16回条件反射制御法研修会開催に際して

私は精神科の研修を4年間受けた後、1989年に下総精神医療センターの薬物やアルコールに関連して生じた精神科的問題に医療を提供する部門で働き始めました。当時は薬物等の摂取による損失を振り返らせ、また、幻聴や妄想などを抗精神病薬で改善し、社会生活が困難と思われる患者さんには自助的な回復支援施設への入寮を勧めました。薬物等の摂取をやめられないことに原因がある障害に対応する部門でしたが、問題の根本である欲求に対して直接の働きかけはしていませんでした。欲求を人為的な働きかけで消せるなどとは思いもよらなかったのです。

ところが2001年に病棟での集団精神療法の際に、1人の患者さんが覚醒剤に関係するものを見たら大便をしたくなると言ったのです。同じ体験をしたと他の患者さんも言いました。私はそれが忘れられず2006年に調査を行い、その結果から欲求は条件反射で生じると把握し、欲求は消せると考えました。

覚醒剤をやめられなかった患者さんに、道具を揃えて覚醒剤を摂取する真似をさせたところ、激しい反応が生じました。その反応は、真似を繰り返すと、急速に弱くなりました。欲求を消せるという考えは、確信に変わりました。

それを契機に、先人達のさまざまな見解を集め、対象者に生じる反応に照らし合わせて選択し、徐々に治療作業を加え、手順を整えて、現在の条件反射制御法に展開させました。特定の行動を反復する病態は、進化のシステムに関係していることがわかり、ヒトが行動する本当のメカニズムを知りました。ヒトは意識的な思考で行動する中枢と無意識的な反射で行動する中枢の2つがあり、それらの行動の方向が摩擦するとき、強い側の行動が現れるのです。反射を抑制すれば特定の行動を再現する勢いは弱くなります。それを基本とした条件反射制御法の適用を病的窃盗や性嗜好障害、PTSD、ストーカー行為、放火などにも広げ、強い効果を得ています。理性的な思考で行動できるようになるのです。

また、上記のヒトの行動メカニズムから、反復傾向のある違法行為に対する刑罰は、思考に作用して初発の予防に効果的なので必要であるけれど、反復した後の者にはその行為が無意識的に反射で生じるので効果は極めて限定的なのです。刑罰のみの対応に留まる刑事司法体系の理論が現実のヒトの行動メカニズムに合致していないことを知りました。さらに、入寮等での生活訓練は、求められる習慣を支える反射を効果的に成長させますが、一方で、特定の行動を反復させる反射への直接の効果は弱いことも知りました。前出のヒトの行動メカニズムが対応体系を整理し、本人を苦しめ社会の平安を乱す反復する行動に対して各機関が受け持つ役割を決める理論になるはずです。

皆様に条件反射制御法と基盤理論をお伝えし、未来に効果的な対応体系を構築する一員になっていただけるよう、準備をしてお待ちしております。

2022年11月
独立行政法人国立病院機構 下総精神医療センター
平井 愼二

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