下総精神医療センター

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第七回条件反射制御法研修会 > 研修会プログラム > 第1講義

行動のメカニズムと条件反射制御法の基本

 

                             下総精神医療センター
                            薬物依存治療部長 平井愼二

1.行動のメカニズム
 約138億年前に宇宙が始まり、約46億年前に地球ができ、約38億年前に生物が誕生した。生物は自己保存と遺伝で特徴づけられ、それらは防御、摂食(栄養摂取)、生殖により成立する。生存する環境の中でこれらの活動を反復し、適応し、一部の生物種は生き残り、進化し、動物が生まれた。
 動物は活発な神経活動をもって防御、摂食、生殖を行い、これらの行動能力の向上が環境への適応であり、また、環境に適応した行動を残す傾向をもつ個体が生き延びた。つまり、現存する動物は防御、摂食、生殖に成功した場合、その時点までの神経活動を再現されやすい形で定着させる効果が生じる傾向を強くもつ。その効果を生じる現象や作用を生理的報酬と呼ぼう。環境からの刺激に対してなんらかの行動を起こし、その後に防御、摂食、生殖に成功すれば生理的報酬が生じ、その行動は定着する方向に進むので、その反復により条件反射が成立する。
 また、環境への反射として定着した神経活動は次世代にわずかずつ遺伝するとパヴロフは考え、また、この説を筆者も条件反射制御法における患者の反応から正しいと考えている。その説に従えば、環境と生物種の関係が多くの世代を超えて長期に変化しないとき、早い世代では生後に条件づけられていた反射(条件反射)は、後の世代では生まれ持つ反射(無条件反射)になる。このような機序により、動物は環境からの刺激に対して前世代およびその個体の過去において生理的報酬を獲得した定型的な反射の連鎖で行動し、同時に、適応が進み、進化を支えている。この機能を受け持つのがパヴロフ学説で第一信号系と呼ばれる中枢であり、自律神経、気分、動作を司る。ヒト以外の動物はこの第一信号系のみを中枢としてもち、行動している。
 数百万年前に、一部の動物が起立するようになり、視認しながら手を使って作業を行い、失敗を重ね、成功に至ることを反復した。その作業を司る神経活動を可能にする中枢としての神経系が生じ、発達した。この中枢がパヴロフ学説で第二信号系と呼ばれる神経系であり、ヒトのみがもち、評価、判断、計画、予測、決断等の思考を担い、動作を司って、行動を牽引する。
 つまり、ヒトは他の動物と同様に第一信号系をもち、また、ヒトに特異的な第二信号系をもち、従って、二つの中枢をもつ。
 二つの信号系は、相当な程度に独立して作動し、動作の表現のところで、二つの信号系がそれぞれ異なる事象に関するものであれば無関係に並行して、単一の事象に関して方向が同じであれば協調して、単一の事象に関して方向が異なればいずれか優勢な側の信号系が他方を制圧し従えて、動作が生じる。
 ヒトの社会にある覚醒剤やアルコール等の薬理作用も生理的報酬を生じさせるので、それらの物質を摂取して薬理作用が生じる現象は、通常の行動からそれらの物質を入手し、摂取するまでの行動を再現しやすい形で定着させる方向に作用する。従って、過去に覚醒剤の摂取を反復した状況にあった刺激を後に受けると、対応する第一信号系の反射連鎖が作動を開始する。つまり、身体は覚醒剤を入手し摂取する行動を開始する。これを第二信号系が把握し、状況が覚醒剤摂取に不適切であれば止めようとする。一個体の中で第一信号系と第二信号系の間に摩擦が生じ、主体は焦燥や苦悩を感じる。また、その主体は第一信号系が促進する行動の方向をも把握していることから、覚醒剤への欲求が生じていると解釈する。
 覚醒剤を摂取するか否かに関しての第二信号系のメカニズムは、服役を避けたい、あるいは精神病になることを避けたいという個人の利益を行動の根拠とするのであり、一方、第一信号系は進化という生物種全体の存続を支える系であることから、この第一信号系において進む覚醒剤摂取行動を司る反射連鎖の作動性が、その行動が反復された場合に第二信号系の作動性に優る状態に至ることは、それぞれの重要性を比較すると自然である。
 
2.条件反射制御法の基本
 条件反射制御法は第一信号系に働きかけて、一旦はやめると決意した行動や望まないが生じていた神経活動を制御可能にするものである。大きくは次の二つの作業に分かれる。
1)負の刺激の設定と利用
 第一法は、任意の刺激を設け、その信号を作動させた後には標的とする行動をとらない事実を作ることを計画的に反復するものである。
 任意の刺激は、閉鎖病棟や刑務所等で開眼したまま例えば「私は、今、覚醒剤はやれない、大丈夫」と言いながら、胸に手を当て、離して拳を作り、その後、親指を拳に握り込む等の簡単で自然で、しかし、自分には特殊な動作が適切である。計画的に前記の任意の刺激を作ることは、まずは標的行動を意識することであり、従って、それが刺激になって標的行動を司る神経活動の一部が開始される。また、同時に任意の動作および言葉からの刺激を大脳に受け、この後、標的行動をとらない時間を作る。当初は、この任意の動作および言葉を作動させると、標的行動を作る反射連鎖は限定的に作動するが、生理的報酬を必ず獲得しないので、任意の動作および言葉の後に生じる標的行動を促進する反射連鎖の一部は進化を支えない現象となり、それを反復する。この反復により任意の動作および言葉の後に生じた標的行動を促進する反射連鎖は抑制を受け、従って、任意の動作と言葉の刺激は、後には、標的行動のない時間を始める刺激として成立する。つまり、標的行動への欲求が生じても、計画的にその任意の動作と言葉を作動させれば、それは負の刺激として作用し、標的行動を司る反射連鎖は第一信号系内で制止を受け、欲求は数秒で消え去る。
 また、開眼してこの負の刺激を反復するので、視認したものが標的行動を促進しないものに変化してゆく。多くの場所で負の刺激を行うことにより、生活空間を安全な場所に変えられる。

2)終末に生理的報酬がない設定での標的行動の意図的反復
 第二法は、計画的に標的行動を促進する反射連鎖を作動させ、しかし、終末に生理的報酬を獲得しないことを反復するものである。生理的報酬がない神経活動は進化を支えず、生物種に必要がなく、その反射連鎖は抑制を受ける。従って、この作業の反復により標的行動を司る後天的反射連鎖の作動性は低減し、低減した状態が維持される。この第二法は、望まない行動の疑似、想像、作文とそれを読むことにより行う。

3.望まない行動が再現するヒトに対する働きかけ
 覚醒剤摂取等の望まない行動が再現するヒトはその行動が条件づけられており、それに対する働きかけは必須である。その他に社会性(就労能力や対人関係能力)の低下あるいは精神病症状等を併せ持つことがあり、必要に応じてこれらへの働きかけが求められる。
 望まない行動を司る第一信号系の反射連鎖の過作動には条件反射制御法が対応する。この技法で標的行動を司る反射連鎖が抑制されても、同じ行動を第二信号系反射網(思考)が実行できる。従って、第二信号系反射網に対しても働きかけることが必要であり、標的行動が違法行為であれば法による抑止力を設定することが効果的である。
 社会性の低下には、専門家により構成された回復支援のプログラムあるいは自助的な生活訓練が効果的である。社会性の回復を怠れば、社会との摩擦が生じ、個体にストレスを与え、これは個体を死滅させる方向につまり進化を妨げる方向に働く。これに対して、個体の第一信号系は進化を支える方向に動き始め、過去に反復した生理的報酬獲得行動の反射連鎖は作動開始の閾値が低いため、それが選択され、作動しがちである。つまり、欲求が生じる。

                





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