下総精神医療センター

研修情報

第四回裁判所職員対象薬物乱用対策研修会

  • 薬物乱用者に対する生活保護費の正しい運用

下総精神医療センター
薬物関連精神疾患治療専門病棟
副看護師長  西川はるみ

 近年、生活保護受給者は215万人を突破し、財政困難のために適正な運用が求められている。生活保護を受給する薬物乱用者が、保護費で覚せい剤等を購入し不正受給として新聞に取り上げられることは少なくないが、薬物乱用者が「意思に反して繰り返し薬物を摂取する病態」にあることを考えると、治療を行っていない薬物乱用者が不正受給に陥るのは当然である。よって、生活保護実施機関は、医療機関と協力し、保護を受給する薬物乱用者に対して、治療につなげ、必要であればダルク等の回復支援施設に入寮するように強力に働きかけなくてはならない。しかし、一部の生活保護担当者は、患者が回復支援施設への入寮を拒否した場合、本人の意思を優先し、生活保護費の支給を続け薬物乱用を支える、すなわち、不正受給を支える環境を作ってしまっている。
我々はこの状況を打破するため、福祉事務所等へのアンケート調査や、生活保護担当者との実務検討会を行ってきた。これらの研究や取り組みを通して、福祉事務所ごとで薬物乱用者に対する生活保護の適応、解釈、運用に差異がある、生活保護担当者の業務は多忙であり薬物乱用者に十分に関わることができない、薬物乱用者の対応技術の蓄積が少ない等の問題点が明らかになった。
当院の薬物関連精神疾患専門病棟では、生活保護を受給している薬物乱用者が入院すると、看護師は医師とともに、再乱用の可能性、精神病性障害の程度、就労の見通し、を評価する。そこで、入院前の環境に戻ると再乱用の可能性が高い、社会生活能力が低く直近の就労経験も乏しい等の状態にあると判断された者に対しては、回復支援施設への入寮を推奨し、その必要性の程度も伝える(入院中に生活保護を申請する場合も同様である)。また、就労の継続が困難で、社会復帰訓練が必要と判断される薬物乱用者に関しては、その生活保護担当者に対して「対象者は回復支援施設での訓練が必要であるので、入寮するよう生活保護担当者は指導するべきである。入寮を拒む場合は、生活保護の提供を停廃止する手続きを進めることを伝えたうえで、再度、入寮を強力に指導するべきである。」と伝えている。
当病棟の現状としては、平成22年7月~平成24年6月まで2年間の入院患者数は、延べ384名であった。その内、退院時に生活保護を受給していた者は、173名で入院患者全体の約45%であった。その生活保護受給者の中で、回復支援施設入寮が適切と判断された患者は129名で、退院後に入寮した患者は72名(約56%)であった。期間を区切ってみると、平成22年7月~平成23年6月では、入寮が適切と判断された患者は72名で、31名(約43%)が入寮した。平成23年7月~平成24年6月では、入寮が適切と判断された患者は57名で、41名(約72%)が入寮した。
回復支援施設への入寮率が上がった原因は、平成23年3月の震災以後、生活保護の査定が厳しくなり、福祉事務所の態勢が当病棟の方針に近づいたことであると考えられる。つまり、薬物乱用者に対する生活保護の運用において、薬物乱用からの回復を支える処遇以外には保護費を支給しない姿勢が、薬物乱用者が回復を促進する処遇を選択する確立を高めることを示している。

<事例:T氏 28歳 男性 覚せい剤依存症>

  15歳ごろから、シンナー吸入を始めた。高校に進学するが、1年で中退した。その後は実家に祖父、両親と住み、特に仕事をせず遊んで過ごしていた。20歳ごろから、先輩から勧められ、覚せい剤をあぶりで始めた。一か月に一回ほどの使用頻度だったが、静脈注射に変わり、徐々に回数が増え、1週間に2~3回使うようになった。23歳時、覚せい剤使用で逮捕され、執行猶予となった。逮捕を機に全く働かないことを理由に実家を追い出され、以後は彼女のところへ転がり込み、彼女に水商売をさせ、ヒモとして生活していた。6か月後、覚せい剤使用で再逮捕され、刑務所へ入った。25歳の時、出所後すぐに覚せい剤を再使用した。ひどい幻聴と「組織に追われている」という妄想が出現し、通常の精神科病院を受診し、そのまま入院となった。精神病症状は3日ほどで治まった。入院中、生活保護を申請し、退院後はアパートで一人暮らしを始めた。覚せい剤から離れられず、精神病症状が再燃し、前回入院した精神科病院へ入院し、短期で退院した。
 退院後、再び、覚醒剤を乱用し、軽微な精神病症状を持つ本人と福祉事務所の職員が面接し、専門的な治療を勧められ、当院に入院となった。

 精神病症状は数日で治癒した。治療意欲は高く、条件反射制御法に積極的に取り組み「CRCTがよく効いて、覚せい剤への渇望はなくなった。注射器を目の前に出されても、断れるよ。」と話している。麻薬取締官とも面接した。生活態度もまじめで、介護のテキストを読み勉強をしている姿が見られる。「昔、じいちゃんの世話を手伝っていたし、介護の仕事なら続けられる自信がある。早く働きたいから」とダルク入寮は拒否している。

 福祉事務所のケースワーカーからもダルク入寮を指導しているが、本人にその気がなければ、これ以上勧められないと言っている。






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