研修情報
第三回薬物乱用対策研修会
- 家族に対する法による抑止力設定の指導
独立行政法人国立病院機構
下総精神医療センター
薬物依存治療部長 平井愼二
1.薬物規制法違反(自己使用)に対して家族がとるべき態勢
規制薬物乱用者の家族は、薬物規制法違反(自己使用)への対応において利用できる司法的な強制力を持たず、薬物乱用者と生活をともにしていることから、家族が薬物需要削減対策のために効果的に機能するためには、∞型連携理論が規定する援助側専門職の態勢に近いものを採るべきであり、次が適正な態勢である。
規制薬物乱用者の家族は、本人による既遂の規制薬物乱用を取締処分側が検挙できる形で通報せず、しかし、可能な限り早い時期に規制薬物乱用があったことを取締機関に伝え、それを抑止力として利用するために、取締職員が本人の規制薬物乱用傾向を把握したことを本人に伝え、本人を取締職員に面接させようとする態勢を持つべきである。家族が本人による薬物乱用にまつわる種々の逸脱行動等に耐えきれなくなったときには、取締機関に直ちに検挙される形で通報することも許される。
2.薬物規制法違反(自己使用)への家族による対応の効果
規制薬物を乱用する者の家族が前記の態勢をもつことは主に次の2つの点で有効である。
1)薬物需要削減対策への貢献
規制薬物を反復して乱用する者が法による抑止力を強く意識することは、規制薬物の乱用を回避する思考を持つこと、あるいは規制薬物の乱用を回避することを可能にする治療を受ける思考を持つことを促進する。この法による抑止力を薬物乱用者の近くにいる家族が適正に利用することは強力な効果を生み、薬物を乱用する者の回復を促進し、社会の利益を高く保つものである。
特に、後に示す家族による薬物検出検査への協力まで進めば、受診は、薬物簡易検査キットを受け取る際に限られるために、これを本人あるいは家族が行い、就労を開始した者でもより規則的に薬物検出検査を行うことが実現する。また、対応する側は、電子メールで検査結果の映像を確認し、簡単なコメントを送付することで対応できる。薬物を乱用しない状態の維持のために、サービスを受ける側および提供する側の両者において費やす労力と時間が削減され、最終の目的である薬物乱用回避を高い精度で確認でき、またこれを焦点にした話し合いが家庭内でなされることなどからも、コストパフォーマンスが高まる。
2)家族の犯罪を隠蔽しているという悩みの解決
規制薬物を乱用する者の家族の多くは、薬物乱用者の犯罪性に関して、取締機関に通報しない場合は犯罪行為を隠蔽しているという罪悪感を持ち、通報する場合は後に本人に恨まれることを恐れ、あるいは通報して勾留や服役を経た後にも再犯に至った場合には通報が無意味であったと後悔するなど、悩みはつきない。しかしながら、1に記した家族による薬物規制法違反(自己使用)への対応は、直ちには検挙に結びつかないという猶予があることから家族が受け入れやすいものであり、本人の回復を促すだけでなく、社会の利益を最大に保とうとするものである。これを理解し、実行することにより、家族の悩みが低減することが期待できる。
3.家族による具体的な対応
1)家族による取締職員との接触
下総精神医療センターでは、家族に対して麻薬取締官あるいは警察職員と面接するよう指導しており、これを受け入れた家族は取締職員と接触している。
2)薬物検出検査への協力
精神科医療施設での薬物検出検査を目的に、家族が家庭で本人から尿を採取することにより、本人が法による抑止力を意識する。
また、家族が家庭で本人の唾液や尿を試料として簡易検査キットで検査し、結果を携帯電話のカメラ機能で撮影し、担当医に写真を送付することでも法による抑止力を本人が意識する。平井が現時点(2010年6月30日)で受け持つ患者は外来への再診予約者101人、入院患者20人であり、この121人の内、9人の家族や同居人、同僚がこの薬物検出検査を開始した。この内、6人の関係者が良好な協力を継続している。
4.家族による法による抑止力の設定と維持
上記のように法による抑止力を設定する家族の協力があれば、本人が規制薬物を使用している最中ならば本人を薬物使用から引き離すこと、並びに、後に安定すれば尿検査を行って観察を効果的に行い再発予防効果を発揮すること、あるいは、薬物検出検査を受けない本人の意思を明確にして専門職による効果的な働きかけの契機にすることなどを可能にする。
5.家族が法による抑止力設定を受け入れるための前提と働きかけ
薬物乱用者の家族が法による抑止力を利用する前記の方法は、まずは、対応する援助側専門職が∞型連携に従った態勢をもつことが前提となる。その上に、薬物検出検査の結果を扱う援助側専門職による対応法を家族が理解し、援助側専門職の示す態勢に偽りがないと信じることが必要である。援助側専門職の対応方針について疑いや不安を家族にもたせないためには、援助側専門職は具体的な対応法を文書に記して説明し、その文書に署名し、家族にその文書をもたせることが効果的である。