研修情報
第四回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第10講義
財団法人成研会付属 汐の宮温泉病院
精神科医師 中元 総一郎
薬物乱用者に関する事例においては、それによって生じた害に対する治療やリハビリが円滑に開始されることが必要である。だが、ただ啓発活動や表層的な接触だけでは薬物乱用者が援助機関に足を向けることはない。薬物を止めること、およびそのための治療やリハビリを受けることは、薬物乱用者にとっては多大なエネルギーを要するように感じられるからである。
そのため各関係機関においては、治療の開始や継続に向けた密な働きかけや情報提供が求められるが、実際はおろそかになっている。
特に矯正施設を出る者に対して、もれなく援助に関わるよう働きかけを行えば、薬物乱用を社会から格段に減らすことが可能になる。しかし現状では、対象者への働きかけや社会内の関係機関に対する情報提供は不十分である。
具体的には、矯正施設内で精神病性障害に対する薬剤を規則的に服用していた者が出所あるいは出院する際に、矯正施設が出所後当面の処方を提供しない、対象者に治療の継続を働きかけず診療情報提供も発行しない問題がある。また帰住地の保健所への通報(精神保健福祉法第26条)をしている場合でも情報提供の内容が不十分である。
概して矯正施設は、対象者が出所した後に治療が継続されることに熱心でない様だ。矯正施設は刑罰を与えて薬物乱用や反社会行動を抑止する機能をもつが、対象者の治療や社会復帰を援助する機能も発揮するべきである。
また、第26条通報を受けた都道府県の対応も問題となっている。特に、措置が不要な者に関しての治療継続に向けた働きかけや通院が見込まれる医療機関への情報提供を積極的に行わない態勢がみられる。
上記のように情報提供や対象者への働きかけが積極的に行われていないことの原因として、対象者における自己決定権や(以下に挙げる)自己情報コントロール権など、対象者のプライバシーに属する部分に敏感になっている関係者が多いことがある。
まず、対象者が援助を受けることが見込まれるにも関わらず、その機関への情報提供に躊躇する行政機関は多い。昨今の個人情報保護への行き過ぎた風潮の影響であるが、その本質は「自己情報コントロール権説」というプライバシー権について狭小で偏った解釈を行った法概念がわが国で流布されていることにある。
また、社会内にいる対象者と電話や訪問で接触することを躊躇する関係者も多い。静謐な生活もプライバシーの一部であることを意識しすぎ、対象者の拒否に対抗しえないと考えてしまうようだ。
例えば、頻度が極端に少ない接触は何の効果も生まず、単なるプライバシー侵害と捉えられる。一方、頻回の接触によって指導者と対象者がなじみの関係となった場合、対象者がよりよい選択をする場合が多い。これはプライバシー侵害ではなく、正当な援助である。
薬物乱用への対策、特に取締のみに偏らず、回復への援助を働きかけることは、公共の福祉、ひいては対象者の利益にもつながることである。そのような事業においては、単に対象者のプライバシー権を最優先させるのではなく、「公共性」との調和の観点から考えるべきなのである。