下総精神医療センター

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第四回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第14講義

薬物事犯者に対する検察の業務

さいたま地方検察庁
次席検事  森  悦 子

はじめに

 我が国の法律は,規制薬物の密輸入や譲渡,所持等のほか,多くの薬物につき末端の使用者についても処罰の対象としている(麻薬及び向精神薬取締法では「施用」,あへん法では「吸食」という概念が用いられている。なお,大麻取締法は,末端使用者は処罰の対象としていない。)。使用罪を設ける理由としては,規制薬物の人体に及ぼす毒性の強さ,その使用に起因する二次犯罪防止の必要性,末端使用者の取締りによる密売組織の解明と取締りの必要性等があげられる。
 しかしながら,薬物の使用事犯は再犯率が極めて高く,取締りに携わる者としては,苦労して検挙し,起訴して有罪判決を得たとしても,それが薬物事犯の撲滅にどれほどの効果があるのかと時に懐疑的になることもある。
薬物事犯の撲滅には,需要をなくすことはもちろんのこと,供給源を断つこと,すなわち規制薬物の密売組織,密輸入組織の撲滅が最も効果的であるが,国際化し,巧妙な手口で暗躍する密売組織に限られた捜査人員と捜査手法で立ち向かうには多くの困難を伴い,そこに検察を含む捜査機関の苦悩がある。
 本稿では,薬物犯罪の動向につき触れた後,薬物犯罪に対する刑事司法手続の概略と検察官の役割について述べるとともに,我が国の刑事司法手続の課題等につき見ていくこととしたい。
なお,本稿で述べる意見にわたる部分については,あくまでも私見であることをお断りしておく。

Ⅰ 薬物犯罪の動向
1 覚せい剤取締法違反の動向*1
 薬物事犯のうち最も検挙人員が多く,深刻なのは覚せい剤取締法違反であるが,同法違反(覚せい剤に係る麻薬特例法違反*2を含む)の検挙人員は,昭和29年に5万人台を数えて最初のピークを迎え,罰則の強化,検挙及び覚せい剤の害悪に関する啓蒙活動の徹底等を背景として,その後急激に減少したものの,昭和45年以降増加に転じて,昭和59年には2万4372人となって2番目のピークを迎えた。その後,平成元年に2万人を割ったが,平成9年には再び2万人近くに達し,平成13年以降はおおむね減少傾向にある。
 平成22年の覚せい剤取締法違反の検挙人員(警察が検挙したものに限る。)は,1万1993人であり,そのうち暴力団構成員等が6322人で全体の52.7パーセントを占めている。また,営利犯が655人で5.5パーセント,外国人犯罪者が710人で5.9パーセントであった。
 また,平成22年に警察が検挙した覚せい剤の密輸入事件は132件であり,その仕出地は中国が最も多く,次いで台湾,アラブ首長国連邦,ナイジェリア,香港,マレーシアの順であった。
覚せい剤の押収量は,平成19年以降,300㎏台から400㎏台で推移しており,平成22年の押収量は310.7㎏であった。

2 その他の薬物犯罪の動向
 平成22年に警察が検挙したその他の薬物犯罪の人員は,大麻取締法違反が2216人,麻薬及び向精神薬取締法(以下,「麻薬取締法」という。)違反が299人,あへん法違反が21人であった。

3 薬物乱用者による他の犯罪の検挙人員
 平成22年の薬物乱用者*3による犯罪の検挙人員は,刑法犯が合計858人,特別法犯が合計3942名であり,刑法犯の内訳を見ると,凶悪犯罪が,殺人10人,強盗57人,放火4人,強姦1人の合計72人,その他の粗暴犯が,暴行28人,傷害99人,脅迫14人,恐喝43人の合計184人となっている。これらの犯罪がすべて薬物の影響によるものとは直ちに言えないものの,薬物乱用による二次犯罪が多数発生していることが窺われる。

4 薬物犯罪の裁判の動向
 平成22年における薬物犯罪の起訴率は,覚せい剤取締法違反が83.5パーセント,大麻取締法違反が62.1パーセント,麻薬取締法違反が65.9パーセント,あへん法違反が26.1パーセント,麻薬特例法違反が53.6パーセントであった。
 覚せい剤取締法違反で起訴された者のうち,第一審における有罪人員の実刑率は,平成10年以降上昇傾向にあり,平成22年の実刑率は59.7パーセントである。
 なお,覚せい剤取締法違反による執行猶予者の平成22年の保護観察率は,10.9パーセントにとどまっている。


5 覚せい剤取締法違反の再犯の状況
 薬物事犯は,一般の刑法犯に比して再犯率が高い特徴がある。
平成22年の同一罪種の前科を有する者の比率は,一般刑法犯全体では14.5パーセントであり,再犯者率が高い窃盗罪でも19.3パーセントであるが,覚せい剤取締法違反(覚せい剤に係る麻薬特例法違反を含む。)の再犯者率(前に同法違反で検挙され,再度,同法違反で検挙された者の比率)は,60.2パーセントに及んでおり,同法違反の起訴率が極めて高いことを考慮すると,同一罪名の前科がある者の割合も,一般刑法犯と比べて高いと推察される。

Ⅱ 薬物事犯に対する刑事司法手続と検察官の役割
1 捜査及び検察官による事件処理のプロセス
 薬物事犯の捜査の端緒は,職務質問,家族,病院からの通報,関係か所の捜索・差押え,税関検査など様々である。なお,麻薬取締法及びあへん法は,麻薬取締官及び麻薬取締員に対し,厚生労働大臣の許可を受けて麻薬やあへんを譲り受けることができるとし,いわゆるおとり捜査を認めている(麻薬取締法58条,あへん法45条)。
 また,薬物の密輸入事犯においては,税関貨物検査場での税関検査等により薬物が隠匿された貨物を発見した場合,捜査機関が中身を詰め替え,又は詰め替えないまま,十分な監視の下で運搬を継続させ,当該貨物の受取人を薬物所持の現行犯人として逮捕する,コントロールド・デリバリーと呼ばれる捜査手法も行われている*4。
 検察官は,警察官や麻薬取締官などの司法警察員から事件送致を受け,必要な補充捜査や被疑者,事件関係者の取調べを遂げて,起訴・不起訴の判断をする。その過程で,被疑者を勾留するか否かも第一義的には検察官の判断にかかっているが,薬物事犯は,証拠の隠滅や逃走のおそれが高いと認められることが多く,特別な事情がない限り勾留の上,捜査を遂げるのが一般的である。
*4平成23年版警察白書(前掲)によると,平成22年に実施されたコントロールド・デリバリー捜査の件数は,32件である。
 ところで,我が国の検察官は,単なる訴追官ではなく捜査官でもあり,自ら被疑者・参考人を取り調べるなど,証拠の収集を直接かつ積極的に行うという特色を有している。取調べの機能・目的としては,①被疑者・関係者から供述を得て,犯罪構成要件要素を含む事案の真相を解明すること,②犯罪の主観的要素,情状事実等を解明すること,③犯罪組織の情報を入手すること,④被疑者の改善更生に資することなどが挙げられるが,薬物事犯においては,①及び②もさることながら,③及び④に重きを置いた取調べが必要である。
 すなわち,限られた捜査手法の中で,薬物の密売に関わる者や密売組織を検挙し,処罰するためには,末端使用者から薬物入手先の情報を得て密売人を検挙し,さらにその密売人から上位の密売人ないし密売組織の情報を得て順次検挙していくという,いわゆる「突き上げ捜査」を行う必要があり,取調べで被疑者に真相を語らせることが極めて重要な捜査手法となっている。
 また,検察官は,再犯防止の観点から,取調べの中で被疑者に真の反省を促し,適切な訓戒をするよう努めており,再犯率の高さに照らすとその効果は微々たるものに過ぎないと思われるものの,初犯の薬物使用者に対しては,このような取調べが功を奏する場合もあると思われる。少なくとも検察官は,いかに微々たるものであっても,取調べが被疑者の改善更生に資する場合があることを信じて,日々,取調べにあたっている。

2 薬物事犯に対する刑事裁判手続
我が国には,薬物事犯に特化した刑事裁判手続はなく,薬物事犯も通常の刑事事件と同様,地方裁判所に公訴が提起され,法定刑に無期懲役がある場合は,裁判官3名に裁判員6名(原則)が加わった裁判員裁判となり(例えば,業としての覚せい剤や麻薬等の輸入,営利目的による覚せい剤の輸入,製造,同目的によるヘロインの輸入,製造など),法定の最低刑が懲役1年以上であれば裁判官3名による合議事件(例えば,覚せい剤や麻薬の営利目的所持,譲渡など。),それ以外であれば裁判官1名による単独事件(場合によっては裁判官3名による合議事件)となる。

3 即決裁判手続
 即決裁判手続は,刑事裁判の迅速化を図る制度として平成16年に創設されたものであり,明白かつ軽微な事案につき,被疑者の同意等を条件として,検察官が起訴と同時に申立てをし,早期に開かれる公判期日において,簡略化した証拠調べを行い,罰金判決又は懲役若しくは禁錮の執行猶予付き判決を,原則として公判審理期日当日に言い渡す手続である(刑事訴訟法350条の2ないし14)。
 即決裁判手続において懲役又は禁錮の言い渡しをする場合には,その刑の執行猶予の言い渡しをしなければならないとされているため,通常,同手続によるのは,被疑者に前科がないなど,明らかに執行猶予付き判決が予想される場合に限られる。
 薬物事犯は,使用事犯では被疑者の尿中から薬物の成分が検出され,所持事犯では証拠として薬物が押収されているため,「事案明白」であると言え,即決裁判手続がよく活用される犯罪類型の1つとなっている。
平成22年に即決裁判手続による審判がなされた人員の合計は3256人であるが,そのうち覚せい剤取締法違反の人員が最も多く,約30パーセントの968人を占めている。大麻取締法違反の人員も約10パーセントを占め,316人となっている*5。
 即決裁判手続は,検察官にとっても被疑者にとっても簡便であり,早期に終結するメリットがある反面,起訴の時点で執行猶予判決となることが誰の目にも明らかであり,公判審理も30分前後と短時間で,公判廷で十分な被告人質問や情状証人の尋問ができないため,裁判や判決の感銘力に乏しいという問題点も指摘されている。
*5平成23年版犯罪白書(前掲)による。

4 薬物事犯に対する裁判員裁判
 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律は,裁判員裁判で取り扱う事件の範囲につき,①死刑若しくは無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件,②法廷合議事件(原則として短期1年以上の懲役又は禁錮刑が定められている事件)のうち,故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係る事件,と定めている(同法2条1項)。
 覚せい剤やヘロインの営利目的輸入,業としての覚せい剤,麻薬,向精神薬の輸入等は,最高刑が無期懲役であるため,裁判員裁判の対象となり,これまで多くの事件が裁判員裁判で審理されている。
 ところで,これら薬物事犯の裁判員裁判では,従前に比して無罪判決が多くなっており,平成21年5月21日の法施行後平成24年4月30日までの間に,第一審の裁判員裁判で合計8件につき無罪判決が言い渡されている。
 営利目的の薬物の輸入は,着衣や荷物,体内等に薬物を隠匿して輸入する「携行型」と,違法薬物を貨物内に隠匿収納し,海外から輸送して輸入する「航空貨物型」とに大別できるが,営利目的等輸入罪が成立するためには,いずれにおいても被疑者(被告人)が故意に当該犯罪を犯したこと,すなわち,「当該違法薬物を我が国に持ち込む。」という認識を有していたことが必要とされており,その立証責任は検察官にある。
 しかしながら,近年,密売組織においては,組織と繋がりの薄い者をいわゆる「運び屋」に仕立て,これまで密輸事犯のなかった地方空港等を利用して密輸入を行うなど手口を巧妙化し,密売ルートを多様化させており,「本件荷物は海外で預かったものであり,違法薬物が隠匿されていることは知らなかった。」,「本件貨物は,受け取ったらXに渡してくれればいいと言われていたので,違法薬物が隠匿されているとは知らなかった。」などと述べて故意を否認する被疑者(被告人)も多く,立証に困難を伴う事件も少なくない*6。
 捜査機関は,コントロールド・デリバリーや通信傍受,通話履歴の解析等の捜査手法を駆使して,適正な判決を得るべく努力しているところであるが,現在与えられている捜査手法は必ずしも十分ではない。違法薬物の営利目的輸入につき適正な処罰を実現することは,違法薬物の供給源を断つ意味で極めて重要であり,今後,新たな捜査手法等の導入が望まれる。
*6覚せい剤輸入罪における故意(大阪刑事実務研究会:判例タイムズ1350号47ページ)は,この問題につき判例や学説の考え方を詳細に分析・検討している。

5 刑の一部執行猶予制度
 刑の一部執行猶予制度の概要
 刑の一部執行猶予制度は,3年以下の懲役又は禁錮を言い渡すとき,判決でその一部の執行を猶予することができる制度である。現行の制度では,刑期全部の実刑又は刑期全部の執行猶予しか選択できず,中間的な刑罰を選択する余地はないが,刑の一部の執行猶予制度の創設により,刑の一部の期間を実刑とし,残りの期間に執行猶予を付することが可能となり,実刑の執行後,執行猶予期間中に社会内での更生を促すことにより,対象者のより確実な社会復帰が期待できる。
 また,同制度の導入とともに,保護観察の遵守事項の類型に社会貢献活動を行うことを加える法改正も予定されており,犯罪者の再犯防止・改善更生のための処遇の選択肢の充実が期待されている。
もっとも,刑の一部執行猶予制度については,昨年11月の臨時国会でその導入を盛り込んだ関連法案が閣議決定され,約1か月後に参議院本会議も全会一致で通過したが,継続審議となった先の国会での衆議院の審議が進まず,棚上げ状態となっている。
 薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予制度
 刑法の一部改正による刑の一部執行猶予制度は,対象者について,①前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者,②前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その刑の全部の執行を猶予された者,③前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても,その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者,という要件がある。これに対し,薬物使用等の罪を犯した者については,刑法上の要件を満たさない場合であっても,規制薬物等に対する依存を改善することが必要であると認められるときは,刑の一部の執行猶予の言い渡しを可能とする特則が設けられている。
 また,薬物使用者等に刑の一部執行猶予を言い渡すときは,猶予の期間中必要的に保護観察に付する特則が設けられる予定である。

Ⅲ ドラッグコート(Drug Court)制度
 米国やカナダ,オーストラリア等の諸外国では,薬物依存者に対する治療と一般的な生活支援を目的とした,ドラッグコート制度が導入されている。ドラッグコート制度とは,薬物犯罪者(薬物の乱用が原因となった他の犯罪も含む。)に対して,通常の刑事司法手続による刑罰の代わりに,裁判所が監視役となって,薬物依存から脱却するための処遇プログラムを課し,社会内での更生を図る制度である。
 「法務総合研究所 研究部報告34 薬物乱用の動向と効果的な薬物乱用者の処遇に関する研究ーオーストラリア,カナダ,連合王国,アメリカ合衆国ー」(法務総合研究所)によれば,処遇プログラムには,検察官,弁護人,関連刑事司法機関,社会福祉機関なども関与し,米国における多くのドラッグコートプログラムに共通する内容としては,①プログラムを少なくとも1年間継続する,②解毒や薬物再使用などの限定された場合に入院措置を執ることがあるが,おおむね通所処遇を採用している,③プログラム中に薬物再使用が発覚しても直ちに対象者を除外せず,段階的な制裁で対応する,④裁判所への定期的な出頭を求める,などが挙げられている。
 処遇プログラム終了の法的効果としては,①告発の取消し又は起訴の停止,②有罪答弁の凍結,③拘禁に代わる保護観察,④保護観察期間の短縮などがある。
 我が国では,「薬物乱用からの脱却」に裁判所が直接関わる制度はなく,社会内での更生を目指す保護観察の主催者は保護観察官である。
 司法と関係機関とが連携して薬物犯罪者の薬物依存からの脱却と社会内での更生を図る必要性は我が国においても変わるところはなく,ドラッグコート制度の我が国への導入を求める声もある。

おわりに

 以上,概観したとおり,薬物事犯は深刻な状況にあり,取締りの強化のための法整備がなされて,需要の根絶と供給源の根絶に向けて厳罰化が進められてきたところであるが,残念ながら規制薬物の供給源である密売組織との戦いはいわば「モグラ叩き」状態であり,末端の使用者,再犯者も後を絶たない状況にある。今後は,ドラッグコートの例に習い,司法ないし取締り機関と保護・援助の機関とが総合的に連携し,薬物依存者に対する治療を含めた生活支援と社会復帰に向けた援助を行っていく必要があると思われる。まずは,刑の一部執行猶予制度の創設とその適正な運用がその一助となることを期待したい。また,現在,法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」において,時代に即した新たな刑事司法制度の在り方が議論されているところであり,規制薬物の密売組織に対する有効な武器となる捜査手法等が我々捜査機関に与えられることを期待したい。





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