下総精神医療センター

研修情報

第四回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第2講義

日本の自助活動の歴史と求められる展開

日本ダルク代表
近藤 恒夫

1  歴史
ある種の精神障害やアルコール・薬物依存の治療に患者間のインターアクションが有効であることが今世紀初頭頃より言われ、ある程度病気から回復した者が治療者として重要な役割を演じ専門家が治療過程の調整をするという治療共同体の考え方が生まれてきた。
一方、1935年に設立されたAA(Alcoholics Anonymous)は共通の治療課題をもった集団の自助的治療エネルギーが極めて大きいことを実証し、さまざまなハンディキャップを負った同一課題集団の自助グループ運動に刺激を与えていた。
その後、一人のAAメンバーによって1958年米国カリフォルニア州に治療共同体『シナノン』が創設されると、そのスタイルに影響を受け米国内のあちこちに薬物依存治療のための治療共同体が設立され、やがて全世界にその治療理念は影響を与えていった。
世界各国において設立されていった治療共同体のさまざまな経験の蓄積から、その治療内容や運営方法は進化し、現在ではおおまか以下のような共通した特徴がある。

1)グループミーティング
薬物依存者自身がテーマを設け、相互に問題点を指摘しあう議論(シンポジウム)と、薬物依存の過程でのさまざまな体験を発表するセミナーが中核となっている。エンカウンター方式によるディスカッションであり、率直でしばしば辛辣なやりとりとなる。

2)施設の自己管理
施設の運営、管理を自分たち自身で行う。ミーティングによる治療のほか、給食、掃除、設備管理などを薬物依存者自身が担う。
入所中の依存者は治療プログラムに参加する一方、施設の運営維持のためそれぞれの役割を持ち、責任を果たすことにより自分たちのアイデンティティーを確立するとともに受容、賞賛され薬物から自由になっていく方法を身につけていく。

3)回復者カウンセラー
指導にあたるカウンセラーに回復した薬物依存者を多く採用している。回復者カウンセラーはよく似た体験をしているので、薬物依存者に率直に接することができ、回復のイメージを獲得することに役立つ。

4)相互ケア
ケアする者とされる者という関係が固定されず、入所者相互がケアを受ける立場と与える立場に変化し得る。

 日本においては1970年代前半、アルコール依存症から回復したカトリック・メリノール宣教会の米国人神父によって、当時の埼玉県大宮市にアルコール依存症者のための治療共同体「大宮ハウス」が創設された。上記4つの特徴を備えた日本で初めてのこの治療共同体はAAの方法を取り入れて運営されこの中から何人かアルコール依存症から回復する者が出た。彼らの中で日本各地に同様の治療共同体を設立しようという機運が高まり、それぞれの地域に設立されていった。それらはメリノールアルコールセンターといったが、その頭文字をとって通称マック(MAC)と呼ばれ現在に至っている。

 マックでは薬物依存者も受け入れてはいたが、アルコール依存者とは異なった治療共同体での治療の必要性が認識されるようになり、1985年東京の下町、荒川区にダルク・ホームを開設した。
その後ダルクは、マスコミ、司法、医療関係から注目され、取材などを通じて全国的に知られるところとなり、次第に入寮するクライエントも全国規模になっていった。
この入寮プログラムによる治療効果は予想外のもので、着実に回復者が育っていった。回復者のなかには引き続き、施設のカウンセラーとして勤めようとする者も現れ、全国規模で集まるクライエントに対応するため、1989年名古屋に、1990年横浜に相次いでダルクが新たに開設することとなり、現在全国に49ヶ所65施設を数えるまでに増えていった。

2 活動内容

1)薬物依存者のリハビリテーション
 AAの活動に刺激されて生まれたNA(Narcotics Anonymous)の基本的なプログラムである12ステップを活用した治療共同体として運営されている。
任意の団体として利用者からの利用料で運営を始めたが、行政の理解が進むとともに行政側の思惑もあり、近年では約半数のダルクが行政からの精神障害者グループホーム、小規模作業所としての補助金をいただくようになった。平成18年施行された障害者自立支援法のもとでは、その多くが法人化し移行をしている。
上述した治療共同体としての4点の特徴を持つが、ダルクにおけるグループミーティングは非指示的で共感を重視したものとしている。
利用は入寮しての共同生活を基本としつつも、地域から通所してのプログラム利用も受け入れており、利用中のルールは、午前・午後のダルクでのグループミーティングと夜間のNAミーティングに参加する以外にはほとんどない。概ね6か月から一年の入寮期間を経て地域へ戻っていくこととなるが、その間にドラッグフリーの生活習慣を身につけることと同時に、社会生活を送る中でドラッグフリーの継続を支える欠かせぬ存在である地域のNAグループにつながることを支援している。
ダルクが目標とする回復は、物理的に薬物を使用しないことではなく、周囲との人間関係の変容、信頼の回復などを経て社会復帰へとつながる全人的なものである。これまで治癒を前提としない施設収容しか考えられなかった薬物依存治療に与えたインパクトは絶大であり、やがて精神保健福祉法の改正にあたって依存症が対象疾患に含まれるに至っている。

2)再犯防止に向けた司法との協力活動
覚醒剤・麻薬等の使用・所持による受刑者は全受刑者の20~30%にのぼり、その再犯率は50%前後と言われる。我が国ではいまだ厳罰化の方向にあるが、すでに欧米においては薬物の単純自己使用については処罰よりもリハビリテーションを優先する流れとなってきている。再犯を繰り返さないためには、出所した後のケアの継続が重要であり、入所中からの治療・教育が必要である。
旧監獄法の全面改正により刑務所による矯正処遇が義務化されたことに後押しされ、現在80ヶ所ある全国の刑務所の約半数の施設に立ち入る許可が与えられ、薬物事犯者の更生プログラムに協力し、刑務所の中におけるグループミーティングの指導・援助などを行っている。また、参加者たちが出所した際、必要があればダルクへの受け入れも行っている。

3  今後の課題

 1)就職・経済的自立
ダルク利用者のうち、アルバイトを見つけ仕事を始める者や家族・知人の協力にて仕事を得る者も少なくはないが、経済的な自立を達成できるまでの道のりは皆険しい。約半数の者は刑務所入所経験というハンディを持ち、若くしてシンナー等のゲートドラッグから手を染め始めた者は十分な教育に触れられず、職業経験もない。
職業体験の機会提供や技能習得、就職や就労継続の支援等、地域や公的機関とのネットワークによる自立に向けた支援を充実させていく必要がある。

 2)合併症を持つ者のケア
近年、統合失調症などの精神疾患を合併症として持つ者が増加している。ミーティング等のプログラムの効果が乏しく再発を繰り返したり、過去に使用歴があるために他の障害者施設での受け入れを断られ、長年ダルクに滞留することとなる。医療との連携、障害者自立支援法の他の障害者サービスとの複合利用などの工夫が考えられる。





ページのトップへ戻る