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第四回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第3講義
警視庁組織犯罪対策第五課
警部 森 浩史
日本における薬物取締り機関は、麻薬取締官、警察などが挙げられるが、
警察は、言うまでもなく取締り機関であり、薬物事犯については、検挙に重
点を置いた対策をとつているのが全国的な傾向と言えるのではないか。
薬物乱用防止対策として、これまで警察が行ってきた代表的な取組みは、
一度も薬物を使ったことがない者に対して、「違法薬物に手を出さないよう
にしよう、薬物を使用すると刑事司法手続により処罰される。」などと、小
・中・高校生などの若年層を対象とした薬物乱用防止教室や各種キャンペー
ン等を利用した薬物乱用防止の広報啓発活動を実施し、最初の1回を使わな
いようにしようという取組みであります。
これは、アパリの尾田先生が言う第一次予防に該当するものであり、違法
薬物が身体に及ぼす害悪について都民・国民に広く周知を図り、違法薬物に
手を出させない取組みであり、一度薬物に手を出したものに対しては効果的
なものとは言えないと考えられる。
警視庁では、平成19年から2年間、警察庁のモデル事業として、薬物再
乱用防止に向けた教示プログラムというものを実施した経緯があります。
この事業は、いわゆる違法薬物の所持なり使用で逮捕された被疑者に対し、
再犯(再乱用)させないため、日本ダルクに業務委託し、逮捕された薬物乱
用者にある一定期間、再乱用防止のプログラムを実施するというものであっ
たが、同プログラムを希望する者が少なかつたことから、事業打ち切りとな
った経緯がある。
警視庁では、この経験を生かし、警視庁独自の取組みとして「NO DR
UG」という名称で、警察が主体となって、現在も同取組みをおこなってい
るが、詳しい取組み内容については、本稿では省略します。
これがいわゆる第二次予防に該当するところと言えるが、警察が実施して
いる薬物乱用者対策は、この第二次予防までと言えます。
その理由は、全国警察において、薬物乱用、再乱用防止対策を専門的に実
施できる人員を確保できる組織は、警視庁のほか大規模府県の警察本部しか
ないと考えられること、また冒頭で述べたように警察は取締り機関として薬
物乱用者、密売人等の検挙に重点に置いているからである。
昨年中の全国における覚醒剤事犯における再犯者率は、約60%を占めて
おり、警視庁において検挙した覚醒剤事犯における再犯者率も、約49%と
極めて高い数値を示している。
この状況から見ると、薬物の再犯者、つまり薬物依存症となっている者に
ついて何らかの対策を講じる必要性があるものの、薬物依存者の治療にあた
る医療機関との連携はこれまで図られていないし、取締りと治療という、そ
れぞれの目的において正反対の方針をもつことから、連動した機能は発揮さ
れていなかった。
ある機会を通じて、下総精神医療センターの平井先生と知り合う機会があ
り、治療機関と取締り機関がそれぞれの領域を活かしながら薬物乱用対策を
推進できる新たな取組みを発見したのです。
この対策は先に述べたように、薬物乱用、再乱用防止対策を専門的に実施
することができる体制のある警視庁ができるものであり、全国警察がこの対
策をすぐに実施できるものとは考えていない。
薬物依存者に対する薬物乱用対策とは、医療機関が薬物依存者に行う治療
(援助)に対し、本来の警察が行う犯罪の取締りという強制力を薬物依存者
に示すことにより、治療を受ける者にとって薬物に手を出すことへの抑止力
を働かせるというものである。
具体的には、下総病院で入院治療中の薬物依存者の同意を得て、病院内で
取締り機関の職員と面接を実施し、本人及び家族の情報を得ることにより、
薬物を再度使用した場合に警察に捕まるという意識を持たせる取組みである。
これは、現実にあつた話であるが、下総精神医療センターで入院治療にあ
たっていた者が、仮退院後、所在が不明となり病院に戻らなくなったことが
あった。
この場合、警察としては再度薬物使用が認められた場合には、逮捕するな
どの強制手続きを行うことが本来の業務であるが、下総病院で取締り機関と
面接を実施していたことから、その後電話により説得し、自ら病院に出頭さ
せることができたものである。
このように、治療機関と取締り機関の連携を図ることが、今後の薬物乱用
対策に大きな効果を発揮できるものと考える。