下総精神医療センター

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第五回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第9講義

検挙を利用して援助職が薬物事犯者を治療・社会復帰訓練へ導入する試み

NPO法人アパリ
事務局長 尾田真言

1 薬物依存症者に対する治療導入としても利用されるべき刑事司法体系
 本講は、諸外国に比べて規制薬物がうまくコントロールされている日本において、さらに規制薬物の乱用者を減少させるためには、刑罰を科すだけでは足りず、その根本原因である薬物依存症の治療を義務付ける必要があると主張するものである。決して規制薬物の自己使用等の非刑罰化=自由化や、薬物自己使用等事犯に対する単なる寛刑化を主張するものではない。
 薬物依存者薬物自己使用等事犯者に対して刑事司法体系は、現行法上①刑罰(刑法9条)、②受刑者に対する特別改善指導(刑事被収容者処遇法103条2項1号)、③保護観察対象者に対する特別遵守事項としてのプログラムの実施(更生保護法51条2項4号)という強制力を行使できる。しかし薬物依存者への治療強制という観点からは、刑罰はもちろんのこと刑務所や保護観察所のプログラムも短い時間しか割かれていないのが実情である。せっかく薬物依存の問題を抱えた者が発見されて拘束されているのに、刑罰を科すことに重点を置く刑事司法体系は薬物依存症治療のチャンスを逃している。また逆に、初犯者はほとんどの場合、保護観察のつかない単純執行猶予で薬物のある社会に戻される。ケースによっては検察官が執行猶予判決を求めて起訴することで、1ヶ月にも満たない期間の身柄拘束だけで手続が終結する即決裁判手続で処理されている。
 刑事司法体系による処遇決定の手続が進んでいるときは薬物依存者を治療に結びつける介入を行うチャンスであると考える。少しでも自分の刑を軽くしたいという気持ちに働きかけて、病識がなく自らの状況を否認している薬物依存者たちに、薬物依存症回復プログラムに参加してもらう道筋を裁判段階から設定できるからである。

2 刑事手続の利用による義務付けられた治療の実現
 薬物依存症者は病識がなく否認が強いため、自分の意志で治療を受けることがあまりない。そこでアパリでは、逮捕→勾留→裁判→刑務所→出所という刑事司法手続の各段階において、薬物依存症者がより早期に薬物依存症治療を受けるための道筋をコーディネートしている。なぜなら取締処分側機関に身柄を拘禁されている者は、少しでも軽い判決や早期の仮釈放を期待するのが普通であり、保釈と仮釈放においては、それぞれ制限住居と帰住地をダルクあるいは病院に設定することで、嫌でもダルクや病院に居住してもらい、少なくともその期間中は、実質的に薬物依存症治療を義務付けることができるからである。アパリではこの14年間に、刑事司法手続の各段階にいた約300人の薬物事犯者との間で、契約時から5年間サポートすることを約束する薬物離脱プログラム・コーディネート契約を締結している。
 民間機関であるアパリがこのような活動をしている背景には、わが国においては覚せい剤などの規制薬物対策において、刑事司法機関の活動のみが強調され、刑罰を科すことには熱心であっても、病院やダルクの役割である薬物依存症の治療・回復支援が不十分であったということがあげられる。

(1)保釈の場合
保釈の制限住居をダルクあるいは病院に設定する。そのためにダルクの施設長あるいは病院の担当医に身柄引受書を作成してもらい、弁護人に保釈申請時に裁判所に提出してもらう。保釈決定が出た際には、保釈金の納入を実際に入寮、入院できる日まで行わないようにすることで、保釈と同時に治療機関に居住させることができる。途中で気が変わってしまい、勝手に退寮、退院して定められた住居から離れると、保釈の指定条件違反となり(刑事訴訟法96条1項5号)、保釈が取り消され、保釈金が没取されることになるため(刑事訴訟法96条3項)、判決言い渡し日までは治療機関に留まらなければならないという事実上の強制力が働く。
 これまで保釈中にダルクを制限住居とする保釈を約90人、独立行政法人国立病院機構下総精神医療センター(以下、「下総精神医療センター」という)を制限住居とする保釈15人、財団法人成研会附属汐の宮温泉病院を制限住居とする保釈を5人裁判所から許可されている。
またそうすることで、執行猶予中の再犯や累犯(前刑終了後から5年以内の再犯)であっても保釈が許可されたケースがある。

(2)仮釈放の場合
受刑者の引受人をダルクの施設長に設定する目的も、仮釈放時の帰住地をダルクに設定することで、仮釈放のその日からダルクにスムーズに入寮できるようにするためである。
仮釈放の場合は帰住地から事前に保護観察所長の許可なしに離れることは、仮釈放の一般遵守事項違反となり(更生保護法50条5号)、その場合、仮釈放が取り消されて収監され、刑務所に戻されることになるため(更生保護法75条、刑法29条1項4号)、この場合もまた治療機関に留まらなければならないという事実上の強制力が働く。
これまで約40名の仮釈放者をダルクに入寮させた。

3 立法論
懲役刑の執行の際には、刑事施設内においても適切な治療が実施されるべきである。また、保護観察中も、裁判所が薬物自己使用等事犯者に対して、判決を言い渡す時点で、より柔軟に特別遵守事項を言い渡せるような実務運営が望まれる。
また、刑の一部執行猶予制度を制度設計をする際には、より一層効果的な薬物依存症回復プログラムを法的強制力を持って実施できるようにするべきであると考える。





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