下総精神医療センター

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第九回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第12講義

現行法下で薬物事犯者を治療へ導入する試み

NPO法人アパリ
事務局長 尾田 真言

1.規制薬物自己使用等事犯者対策の問題点
 日本の刑事司法制度における同一違法行為反復者対策の問題点は、犯罪を繰り返す者に懲役実刑期間を長くすることでしか対応してこなかったことにある。一方、平成28年6月1日から刑の一部執行猶予制度が施行されている。その運用状況は、被告人に3年以内の懲役を言い渡し、その刑の一部の執行を2年あるいは3年猶予し、その猶予の期間中保護観察を付している。しかし医療観察法の入院決定、通院決定が対象者の意思と無関係にできるのとは異なり、保護観察対象者の意思に反して治療やダルクなどでの回復プログラムを義務付けることはできず(更生保護法65条の3第2項は保護観察対象者の意思に反しないことを要件としている)、義務付けは保護観察所、自立更生促進センター、就業支援センター(いずれも法務省の施設)におけるプログラムへの参加までである。また、裁判の場で治療や回復プログラムの内容を争う手続きもない。
 また、条件付けられている同一事犯累犯者には病識がないことが多く、しかも否認が強いため、自分の意志で治療することを期待しにくい。

2.NPO法人アパリの司法サポート
 このような状況の下でNPO法人アパリでは平成12年から再犯防止のために、薬物自己使用等事犯者に対して、保釈中の制限住居と仮釈放中の帰住地を治療・回復プログラムを実施している場所に設定して治療・回復プログラムを受けてもらうサポートをしている。これは日本の薬物乱用対策で不十分な∞連携の4番の矢印の活動を担うものである。
1)保釈を利用した物質使用障害治療
 保釈の制限住居をダルクあるいは病院に設定する。そのために、コーディネーターとしての筆者の身柄引受書と、ダルクの施設長あるいは病院の担当医に作成してもらった身柄引受書を、弁護人が保釈申請時に裁判所に提出する。保釈許可決定が出た際には、保釈金の納入を実際に入寮、入院できる日まで行わないようにしてもらうことで、保釈と同時に治療機関に居住させることができる。途中で気が変わってしまい、勝手に退寮、退院して定められた住居から離れると、保釈の指定条件違反となり(刑事訴訟法96条1項5号)、保釈が取り消され、保釈金が没取されることになるため(刑事訴訟法96条3項)、判決言い渡し日までは治療機関に留まらなければならないという事実上の強制力が働く。
 ちなみにアパリがコーディネート契約を締結して筆者が身柄引受書を提出していた、ダルクあるいは病院が制限住居となっていた約190件のケースで保釈が取り消された被告人は2人であるが、家族が身柄引受人となり自宅を制限住居として保釈されていたケースでは3人いた。無職の被告人に対して安易に薬物を乱用していた自宅を制限住居として保釈することは避けた方が良いものと考える。
 弁護人には検察官との間で武器対等の原則を実現するという役割があることを考慮すると、被告人が回復・治療プログラムを受けることを拒絶しているケースでは、弁護人は職務上、被告人の意思を尊重せざるを得ないことになる。特に国選弁護人の中には、自分の仕事は法律問題に限られるからということで、執行猶予となることが予測される初犯事件で、被告人の希望通り、一切の治療につなげず、単純執行猶予判決で身柄が釈放されてきて薬物乱用者本人が自宅に戻ってきてしまい、警察に頼るしかないと悲痛な決断をして通報した家族から大顰蹙を買ったケースにかかわったこともある。
2)仮釈放中および刑の一部執行猶予に基づく保護観察中の物質使用障害治療
①ダルクへの入寮
 受刑者の引受人をダルクの施設長に設定する目的も、仮釈放時の帰住地をダルクに設定することで、仮釈放のその日からダルクにスムーズに入寮できるようにするためである。
仮釈放の場合は帰住地から事前に保護観察所長の許可なしに離れることは、仮釈放の一般遵守事項違反となり(更生保護法50条5号)、その場合、仮釈放が取り消されて収監され、刑務所に戻されることになるため(更生保護法75条、刑法29条1項4号)、この場合もまた治療機関に留まらなければならないという事実上の強制力が働く。
②病院への入院
 ところで、仮釈放で病院に入院するためには事前の調整が必要となる。多くの保護観察所は帰住地として病院を認めていない。その理由は、医師は引受人としてふさわしくない。なぜなら退院後には保護観察対象者の監督はできないだろうということである。そのため、仮釈放中に下総精神医療センターに入院してもらう場合には、退院後に面倒を見てくれる人を引受人、退院後に住むところを帰住地として設定し、下総入院は保護観察所の旅行許可によって入院するようにという取り決めがなされている。
 また①、②に共通の事項として、通常、仮釈放の通知は、受刑中の刑務所の分類課から引受人に対して仮釈放の1週間前までに郵便でなされるが、1週間前ではダルク側の準備、病院の入院予約が入らないので、本人から地方更生保護委員会委員による本面接があった旨の連絡を受けてから、保護観察所に連絡して仮釈放日の日程を教えてもらうようにしている。出所日には仮釈放、満期を問わず出迎えに行き、ダルク等へ同行している。以下、薬物離脱プログラム・コーディネート契約書を示す。

薬物離脱プログラム・コーディネート契約書


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