研修情報
第九回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第16講義
医療観察法指定通院医療機関の関わる∞連携
医療法人社団ほっとステーション
大通メンタルクリニック
院長 長谷川 直実
1.医療観察法における指定通院医療機関の役割
指定通院医療機関が実施する医療は医療観察法の中で「地域社会における処遇」に含まれるが、医療観察法ガイドラインインでは、「地域社会における処遇」を「対象者に対し、関係機関が相互に連携し、地域社会において、継続的かつ適切な医療を提供するとともに、その生活状況の見守りと必要な指導を行い、また、必要な精神保健福祉サービス等の援助を提供する処遇」と定義づけている1)。また、地域社会における処遇を実施する上での配慮事項として、関係機関相互間の連携確保及び役割の明確化と記されている。
薬物乱用ケースの場合、重大な他害行為である対象行為に至る前に違法薬物乱用という違法行為が起きうる。違法薬物の使用障害に対する治療、並びに違法薬物が乱用された事態については各関係者の役割は明確に示されてはいない。
2.社会復帰調整官の役割
社会復帰調整官は、地域社会における処遇のコーディネーターとしての役割を果たしながら、当初審判の段階から一貫して対象者に関与する立場にあり、他の保護観察官よりやや援助的要素の強いポジションにあるといえる。更に、社会復帰調整官の多くが民間精神科医療機関のPSWなど、平井2)の主張する∞連携の中での援助側機関で働いた経験を持つ者が殆どである。それゆえ、保護観察所という取締側機関の所属でありながら、どうしても援助側の姿勢に傾きがちであるし、それを実際期待されてもいる。
例えば、薬物乱用による残遺性の迫害妄想、幻聴等により対象行為と同様の行為をとる危険が高まった場合、指定通院医療機関からの通報を受けて社会復帰調整官は、速やかに緊急ケア会議を開き、クライシスプランに従い、病状の改善に協力する。必要とあれば再入院の手続きを検討し、入院先医療機関や裁判所とのパイプ役を果たす。これは援助側の立場である。しかし、違法薬物乱用という犯罪行為に対しては、純粋に保護観察官としての機能を発揮する姿勢を見せた方が抑止力になる。保護観察官は警察と異なり捜査や逮捕する機能はないが、違法行為を見つけた場合は本来ならば自首を勧めることが多い。医療観察法の対象者に対し、「また対象行為を繰り返すことがなく地域で生活できるようにチームで応援している」と援助側に近い姿勢を保ちながら、「違法薬物を使っていないかどうかについては、保護観察官として見ている。それが同じような事件を繰り返さないブレーキになるから。」と伝えることができるはずである。
3.薬物検出キットと麻薬取締官との面談
仮釈放期間中に保護観察所でも用いられている違法薬物検出キットは、病棟のように閉鎖されていない外来診療でも有効なブレーキになる。通院指定医療機関は、違法薬物乱用防止のための治療(薬物乱用離脱指導、自助ミーティングなどの他に、条件反射制御法、1,2週に1度尿や唾液による違法薬物検出キットで大麻、覚せい剤などの乱用の有無をチェックすることを治療計画に加えることでブレーキを強めることを目指すべきである。
麻薬取締官との面談は、院内で2週に1度など定期的に行う。薬物検出キット及び麻薬取締官との面談については、同意・説明文書を作成して対象者に主旨を説明する。この同意・説明文書には、違法薬物検出キットはあくまでブレーキのひとつとして治療的に用いるもので、たとえ反応が陽性であっても我々医療機関から直ちに通報するものではないこと、しかし1か月に1度、社会復帰調整官に対して結果報告をすることが明記されている。
4.∞連携を導入しても残る医療観察法処遇薬物乱用対象者の難しさ
医療観察法処遇対象薬物乱用者は、幻覚妄想状態下で対象行為を行っており、その精神病症状は減弱しながらも残遺していることが多い。
医療観察法処遇では、対象者の居住していた地元で地域処遇を行うことが原則となっているため、薬物に絡んだ人間関係が残っている地域で治療しなければならない。
医療観察法対象者に限ったことではないが、∞連携を導入し、違法薬物乱用が止まっていても、アルコール、ガスなどの違法ではない物質乱用が問題になることがある。また、思春期から薬物乱用が始まっているケースでは、教育、社会経験の乏しさが社会生活の阻害要因になる。青年期の課題に向き合うときに薬物乱用に陥っていた上に、対象行為から鑑定入院、医療観察法入院と長期間社会と隔絶され、就労の準備に入ること、自助グループで新しい対人関係を築くことに不安が大きい。
医療観察法処遇における薬物乱用者の回復のために我々ができることについて、参加者とともに考えたい。
参考文献
1 法務省保護局:心神喪失者等医療観察法による地域処遇ハンドブック,2006.
2 平井愼二:規制薬物乱用者への対応における取締処分との連携による援助職として の純化.
日本社会精神医学会雑誌12(1):55-65,2003