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第九回薬物乱用対策研修会 > 研修会プログラム > 第2講義
条件反射制御法
下総精神医療センター
薬物依存治療部長 平井愼二
1.条件反射制御法の基本
条件反射制御法は第一信号系に働きかけて、一旦はやめると決意した行動や望まないが生じていた神経活動を制御可能にするものである。大きくは次の二つの作業に分かれる。
1)制御刺激の設定と利用
第一法は、任意の刺激を設け、その信号を作動させた後には標的とする行動をとらない事実を作ることを意識的に反復するものである。
任意の刺激は、閉鎖病棟や刑務所等で開眼したまま例えば「私は、今、覚醒剤はやれない、大丈夫」と言いながら、胸に手を当て、離して拳を作り、その後、親指を拳に握り込む等の簡単で自然で、しかし、自分には特殊な動作が適切である。意識的に前記の任意の刺激を作ることは、まずは標的行動を意識することであり、従って、それが刺激になって標的行動を司る神経活動の一部が開始される。また、同時に任意の動作および言葉からの刺激を大脳に受け、この後、標的行動をとらない時間を作る。当初は、この任意の動作および言葉を作動させると、標的行動を作る反射連鎖は限定的に作動するが、生理的報酬を必ず獲得しないので、任意の動作および言葉の後に生じる標的行動を促進する反射連鎖の一部は進化を支えない現象となり、それを反復する。この反復により任意の動作および言葉の後に生じた標的行動を促進する反射連鎖は抑制を受け、従って、任意の動作と言葉の刺激は、後には、標的行動のない時間を始める刺激として成立する。つまり、標的行動への欲求が生じても、意識的にその任意の動作と言葉を作動させれば、それは制御刺激として作用し、標的行動を司る反射連鎖は第一信号系内で制止を受け、欲求は数秒で消え去る。
また、開眼してこの制御刺激を反復するので、視認したものが標的行動を促進しないものに変化してゆく。多くの場所で制御刺激を行うことにより、生活空間を安全な場所に変えられる。
さらに特定の行動に対する制御刺激が十分な効果を持ち始めたときには、他の逸脱行動を生じさせる衝動を消す可能性をもつ。なぜならば、行動は方向と駆動により成立するものであり、特定の行動に対して効果を十分にもつ制御刺激は特定の方向を構成する反射と他の行動にも共通する駆動を構成する反射の両方をとめる効果をもつと考えられる。
2)終末に生理的報酬がない設定での標的行動の意識的反復
第二法は、意識的に標的行動を促進する反射連鎖を作動させ、しかし、終末に生理的報酬を獲得しないことを反復するものである。生理的報酬がない神経活動は進化を支えず、生物種に必要がないだけでなく、生理的報酬がない行動の再現はエネルギーの無駄使いであり負担になることから、生理的報酬を獲得しない行動を司る反射連鎖は抑制を受ける。従って、この作業の反復により標的行動を司る後天的反射連鎖の作動性は低減する。この第二法は、望まない行動の疑似、想像、作文とそれを読むことにより行う。
3)条件反射制御法の維持作業
地球が1年かけて太陽の周りを公転する軸と地球が1日かけて自転する軸は23.4度ずれており、そのために、地球には季節がある。
ある季節において防御、摂食、生殖のいずれかに成功した行動は生理的報酬を獲得し、強化され活発に反復される。
季節の移ろいに従い、後には同じ刺激があり、同じ行動が反応して生じても、状況が変化しており、行動に成功せず、生理的報酬を獲得せず、その行動を司る反射連鎖は抑制される。
さらに季節が移ろい、元の季節に生理的報酬を獲得した行動を司った反射は抑制された後、過去にそれを作動させた刺激も無くなり、完全に放置される。この放置された期間に、元の季節に生理的報酬を獲得した行動を司った反射が回復する個体と回復しない個体があるとすれば、回復する個体が、季節が移ろい、元の季節になったときに、早く、元の季節に生理的報酬の獲得に成功した行動を司った反射が作動する。自然淘汰により、そのような特性をもつ動物が生き残ってきた。
つまり、条件反射制御法で制御刺激、疑似、想像のステージを通じて、第二信号系の作用に反して生じる逸脱行動を司る反射連鎖が抑制されても、刺激を与えず、放置すれば、回復し、後に、刺激があれば、生じる。
従って、安定した生活を安全に送るために、制御刺激、疑似、想像の作業を頻度を減らして、継続的に行うことが必要である。
2.望まない行動が再現するヒトに対する働きかけ
覚醒剤摂取等の望まない行動が再現するヒトはその行動が条件づけられており、それに対する働きかけは必須である。その他に社会性(就労能力や対人関係能力)の低下あるいは精神病症状等を併せ持つことがあり、必要に応じてこれらへの働きかけが求められる。
望まない行動を司る第一信号系の反射連鎖の過作動には条件反射制御法が対応する。この技法で標的行動を司る反射連鎖が抑制されても、同じ行動を第二信号系反射網(思考)が実行できる。従って、第二信号系反射網に対しても働きかけることが必要であり、標的行動が違法行為であれば法による抑止力を設定することが効果的である。
社会性の低下には、専門家により構成された回復支援のプログラムあるいは自助的な生活訓練が効果的である。社会性の回復を怠れば、社会との摩擦が生じ、個体にストレスを与え、これは個体を死滅させる方向につまり進化を妨げる方向に働く。これに対して、個体の第一信号系は進化を支える方向に動き始め、過去に反復した生理的報酬獲得行動の反射連鎖は作動開始の閾値が低いため、それが選択され、作動しがちである。つまり、欲求が生じる。